近代主義より伝統主義にようやく目覚め始めた2003年の春・・・・

かつて日本は元気だった。
ほんの10年前までは、このアジアの小さな国が世界に勇気と希望を与え続けてきた。
歴史を塗り替え、東洋に光を灯した「戦後の奇跡」とまで言われた昭和の高度成長期を推進し、『世界の中の日本』を作り上げた。
若者の「明日の日本を切り拓く」という熱い思いが歴史を動かした瞬間であった。
彼らのヒトミはいつもキラキラ輝いていた。24時間・365日“がむしゃらに”働いた。プライド(誇り)、そしてオアシスの存在が彼らのパワーの源泉となっていた。
鉄鋼マン・商社マン・銀行マン・・・・であることそのものが、日本を背負っているプライドであった。
それともうひとつ、「温もりのあるまかない」「定食屋」といった(いつもうまいメシが食え、人情味と会話がそこにある)場所が彼らに潤いを与えた。彼らはこのオアシスで潤いを得て、いざ仕事へ。

今まさに、東洋の小さな巨人が眠りから覚める。2003年汐留で、日本が熱くなる。
Japanese Bentoは明日の日本を担うパワーピープルを「食」と「潤い」でサポートします。

K.Miyauchi  

店舗デザインコンセプトにまつわるお話・・・・

昭和30年代、40年代、日本が一番元気な時代。
その時代の風景を思いだせますか?
活気あふれた町並み、そして声が行き交う情緒・・・・
なぜあの時代、すべてが元気だったのか。

それは大衆が集まれる場所(空間)があったからだと私達は考えます。
大衆が集まる場所であり、日本の文化を大切にされている「縁起かつぎ」を表現している空間・・・・・それは「銭湯」です。

日本の元気心を提供したいという思いをコンセプトに、インテリジェントビルの中に「大衆が集まれる場所=S E N T O S T Y L E(銭湯スタイル)」を再現しました。              

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(株)ウィンウィンアソシエ
                               匠スタジオ
                                宮内健匠

Concept for Store Design

Showa 30s and 40s when Japan was more spirited time span.
Can you recollect memories from that time?
Cities were filled with powerful energy and atmosphere of lively voices.
Why were we so energetic during that time frame?

We think it was because there were places (Space) where people could hang out. It was places where common people gathered, and place where Japanese Culture [Good Luck] was highly valued and expressed…. which is public bath.

With concept of desiring to offer Japanese Spirited Hearts, We had
reproduced [Place for common people = Sento Style(Public Bath Style)] in intelligence building.

       

winwin-a, Tkumi Studio K,Miyauchi